日月神示という本があります。
終戦間際に、画家の岡本天明の手が勝手に動き出しちゃった、というのが始まりです。
今では信じられないのですが、昔は神の力をかりて、物事を進めようとした時代があったのです。
フーチという降霊術で、神のご意見を聞こうとしました。
そのメンバーには、陸軍の少将の小川喜一もいます。
軍人がいたんですよ~。すごくないですか?
階級でいったら、陸軍大将→中将→少将ですからね。
今でいうところの高級官僚ですよ~
そんな人が国の生末をイタコで決めようとしてたんですよ!!
今だったら、カルトとか言われてボコボコですよ。
今日は、そんな現代人が嫌がりそうな、スピリチュアル系
日月神示に出てくる”悪平等”についてのお話です。
我々は、生れ出たその時から平等ではない
おばさん、最初、日月神示を読んだとき全然ピンとこなかったんだよね。
平等とか公平とか申すのは悪魔のワナであるぞ、
天地をよく見よ、人民の申すごとき平等も公平もないであろうがな、
一寸のびる草もあれば一尺のびる草もあるぞ、
一寸の草は一寸が、一尺の草は一尺が頂点であるぞ。
これが公平であり、平等と申すもの。
というのが、五葉之巻 第9帖 に書かれています。
人間は平等である。
差別は良くない。
そういう風におばさんは、学校で教えられてきましたし、差別はよくないと思っていましたよ。
でも、よくよく考えて見ると、私たちは生れ出たその瞬間から平等ではないんですよね。
だって、親がそれぞれ違うじゃないですか。
綺麗ごと抜きにして、親の年収で子供が経験できることに違いが出てくるんですよ~
もうこの時点で平等ではないですよね。
同じ親から生まれた兄弟だって、平等ではないですよ~。
長男か次男かによっても、差はありますし、女の子か男の子かでも差が出てきます。
おばさんの家は、お母さんがお兄ちゃんをベタ可愛がりしてました。その代わり、
おばさんのお父さんが、おばさんにめちゃめちゃ甘かった。
同じ親から生まれた兄弟でも差があります。
一卵性双生児のマナカナちゃんだって、違いますよ~。
同じ遺伝子ですがそれぞれ違う人生を歩んでいますよね。それが当たり前ですよね。
平等は盾にする人は・・・
例えば、1年で1千万の営業成績を上げたA君とB君がいたとします。
昇給の分配はどうしますか?
同じ1千万の売り上げを叩き出したのだから、平等に同じ金額にしますか?
それが平等だと思ってしまいますよね。
でも、A君が残業しまくりだったとしたら、どうします?
対してB君は下っ端で、雑用もやらされているのに残業なしだったとしたら?
A君は毎日12時間働いて、1千万の利益
B君は毎日6時間働いて、1千万の利益
営業成績だけ見ると、平等にと思ってしまいますが、
時間の使い方で見ると、圧倒的にB君が上です。
これを加味しないことこそ不平等じゃないでしょうか?
まとめ
上の例えは、A君もB君も頑張っているからまだいいのですよ。
問題は、一定の努力もしなければリスクも払わずに権利だけ得ようとする輩がいるということです。平等という言葉を盾にして。
おばさんの知り合いが、平等クソババさんの餌食にあってまして(笑)
シフトが平等じゃない!!!私ばっかり大変!!!
と言って、自分だけ楽な日を率先してとろうとする人がいるそうなのですよ。
何が迷惑って、自分が正義と思っているそうな・・・
このシフトの件だって、そうですよ。
年齢、キャリア、役職、家庭環境、これらすべてのことが違うのにも関わらず
自分にとって都合がいい点だけを掘り下げて、平等じゃない。ひどい!!!と叫ぶ
では、他の人が割をくっていた場合は、平等じゃない!!!なんて言わない(笑)無視。
こんなの平等じゃないですよね。
そもそもシフトをいじる権利がないことを考えると
簒奪者
と呼べるかもしれませんね。
多面的にみると、みんな平等なんて絶対に無理です。
皆さんも、平等を声高に叫ぶ人にはぜひ気を付けてください。
その人は、あなたが神様から与えられたギフトを簒奪しようとしている人かもしれません。